本日の映画:愛して飲んで歌って

「愛して飲んで歌って」('14・フランス)

2014年に亡くなったアラン・レネ監督の遺作です。
新しい監督は次々出てきてまた次、があるけど、
こういう巨匠と呼ばれる方が亡くなると、
「ああ、もう新作は見られないんだな〜」
と切なくなりますね。

最後の作品「愛して飲んで歌って」は、
衝撃を受けた「夜と霧」とは全く違ったポップなコメディでした。

舞台となる場所が舞台。
おもしろい。
たまーにちらっと外が映るけど、
登場人物はみんなずっとスタジオの中(多分)。
しかも設定はイギリスのヨークシャー州なのに、みんなフランス語。
家の外には幕がかけられていて、
会話をする時の背景は白黒のグラフィックになったりする。
遊び心満載の91歳、最後の作品。

友人ジョルジュが末期ガンで余命いくばくもない、
と知った医師のコリン。
内緒だよ、と妻カトリーヌに告白するけど、
すぐに共通の友人、ジャックとタマラに言っちゃうのはお約束。
みんなで稽古中の芝居にジョルジュを参加させて元気づけよう!
となるのだけど…

相手役のタマラはジョルジュに恋をし、
元カノだったカトリーヌも彼が気になって仕方がない。
しかも元妻のモニカも話を聞きつけやってきて。
「私が面倒をみるから!」
「私が全部やるから!」
と私が私が攻撃が始まり、もう大騒ぎ。
それぞれの夫たちも、そんな彼女たちに「まさか…」と心配になる。
どんなけよ、ジョルジュ。そんなにいい男なの?
って思うでしょ。
でも最後の最後までジョルジュは私たちの前には出てこないのです。

若者たちのドタバタでなく、
マダム&ムッシューなのもポイント。
どんなに歳をとっても恋をするのって可愛い!
「別に私はそうじゃないけど、ほら、ジョルジュがさぁ…」
と、みんなジョルジュには私が必要、と勘違いしてるのも笑う。

さて、そんなモテ男ジョルジュですが、
死ぬ間際は誰と過ごしていたのか…
どうなったかというと…最後の最後にやられた!



91歳、アラン・レネ監督には最後まで驚かされました。

本日の映画:コーカサスの虜

「コーカサスの虜」('96・カザフスタン=ロシア)

トルストイ作「コーカサスの虜」の設定を
チェチェン紛争に置き換えた物語…とのことだけど、
元がどんな話なのか調べてもわかりませんでした。
なんか「カフカースのとりこ」という児童文学みたいなんだけど、
確かな事がわからず。
今度、図書館で確認してきます。

きっと難しい作品なんだろうな、と思ってたけど、
あら。
とっても理解しやすい作り方。
元が児童文学だから?
そして、こう人間の闇が見えちゃう作品は、
見た後しばらく呆然となりますね。
ああ、そこには生きている人間がいるのよ、って。

18歳になり、軍隊に入隊したワーニャ。
徴兵制度があるから自ら望んで、って感じではないのね。
訓練もそこそこ、チェチェンへ送り込まれたワーニャは、
捕虜となってしまいます。
一緒に捕まったサーシャは能天気な年上のお兄さん。
そんな彼も残してきた家族のことや死の恐怖と闘っています。
表には決して出さないけど。

若いワーニャも意外と冷静。
ロシア側に捕まった息子を取り戻すため、
ムラットという男に”買われた”ふたりは、
長引く交渉の中、お互い鎖でつながれたままの生活。
トイレも一緒。(ドアの外で待つ)
「出たか?」って聞くやさしいサーシャ。

食事や身の回りのことは、ムラットの娘、ジーナがみていました。
この子がすごーく可愛い。
民族衣装も興味深くて。
そんなジーナ、なんとなーくワーニャが気になるよう。
状況が違ったら恋人同士にもなれたろうに。

ムラット側とワーニャ側。
どっちが悪者なんだろう?
みていて思ったのは、どちらも違う、ということ。
戦争はビジネス、という話もあるし、
儲けたい”上の人”同士のものなのかな。
民族紛争となるとまた別な話か。

息子を取り戻したいだけの父親。
国が言うから兵士になった若い男。
殺すつもりはなくても、殺されるから、殺しちゃう。
ジーナは「ロシアの豚」と言いながらもワーニャに惹かれる。
”争い”がなければ、みんな幸せになれたかもしれないのに。
「せめて大好きだった彼らに夢であいたい」
個々の人間同士はこんなに愛し合っているのに。

コーカサスの虜

ワーニャ役は、監督の息子さんとのこと。
でも2002年に氷河崩落に遭い、亡くなってるそう。

本日の映画:神様メール

「神様メール」('15・ベルギー=フランス=ルクセンブルク)

神様ってどこにいるんだろ?
実はベルギーの首都、ブリュッセルにいます。

出入口のない普通のアパートに、
女神である妻と、娘のエアと3人暮らし。
息子のJC(=イエス・キリスト)は昔家出したらしく、
今はエアの部屋の置物になっている。
アパートの一室には神様の仕事部屋があって、
古いパソコンで世の中の色んな事を創造している。

気まぐれに作ったのは自分に似せた”人間”。
そして彼らの人生を弄ぶようなルールを作って、笑う。
「ジャムを塗ったトーストを落とすと、ジャムの方から落ちる」
とか言うのも彼の仕業。
いつかの「マーフィーの法則」みたいな。

神様、そんなルールを次々とつくり、
事件や事故や災害も起こしちゃう。
その理由は「暇だから」。
従順な妻はそんな彼に文句も言わずに尽くしているけど、
虐待も受けているエアは爆発寸前。
JCが家出したのもわかるよ。

そしてある日、酔っ払ってソファで寝ている神様から鍵を盗み、
仕事部屋のパソコンをカチャカチャ…
神様が全権を握っているもののひとつ”余命”を知らせるメールを全人類に送信。
目が覚めた神様が気づいた時はすでに遅く…
エアは人間界に”家出”してしまっていたのでした。

始まった時から「これ、いいの?」と一部の人たちに怒られそうな内容。
後半は新約聖書を書くため、6人の使徒を探すエアを追っかけてきた神様が、
とんでもない目に遭いまくって「ツケが回ったな」と全員が納得の最後になりました。
途中でちょっとかわいそうになったけどね。
「オレサマは神だー!」と叫ぶ、心を病んだホームレスってたまにドラマで見るけど、
あながち嘘は言っていないのかも。
なーんて思っちゃった。

さて、パソコン室でテキトーに6人の使徒を選んで、
彼らに会いに行ったエア。
彼女の助言は、6人全員の人生に素敵な影響を与えていきます。
仕事部屋に神様はいなくても、
人を想う気持ちや自分の行動を決めることはできるのです。
さすがにカトリーヌ・ドヌーヴがゴリラと一緒になった時は驚いたけど!

でもそれでいいのですよ。
エアがその人の音楽がわかるように、
みんなも周りがよく見える人になったらいいね。
神様がウズベキスタンから無事、仕事部屋に戻ってきても。



めちゃくちゃだけど癒された。

本日の映画:オリンダのリストランテ

「オリンダのリストランテ」('01・アルゼンチン)

DVDのパッケージのイメージと全然違った!
イメージしてたのは、
オリンダという若い女性シェフが経営する、
海沿いの小さな町の小さなレストランで繰り広げられる、
のほほんとした、コメディあり、しんみりあり、のラブストーリー。
でも実際は。

ブエノスアイレスで小さなレストランを切り盛りしている
イタリア人移民のオリンダ。
年の頃は50代真ん中くらい?
従業員のアンヘルが自分の思い通りに動いてくれなくてイライラするし、
完璧な味付けの料理にケチャップを要求してくる客にもイライラする。
経営も厳しくなってきたし、店を売る、という話も出てる。
売りたくないけど売るべきか、できれば続けたいけど…
とイライラ。
とってもとっても不機嫌なぽっちゃりおばさん、オリンダなのです。

でもそんなイライラが軽減される出来事が。
1年以上前に出会った女性を探しにブエノスアイリスにやってきた
ドイツ人の青年、ペーターは、言葉もなかなか通じず、
しかも有り金を盗まれてしまいます。
たまたま唯一の知り合いとなったオリンダを頼ろうとするけど、
イライラオリンダはなかなか「いいよ」と言わない。
でも捨てられた子猫のようなペーターに、さすがの彼女も折れ、
店に招き入れることに。
そして彼の純粋さに癒されていくのです。

まぁ、イメージと違ったのは、
オリンダが中年のおばちゃんってことくらいね。
あ、海沿いでもなかったか。
庶民向けの小さなレストランで繰り広げられるのは、
愛を求めてこの地にやってきた男と女の物語。
そこには笑いあり、涙あり。
結果は自分の望み通りにはならなかったけど、それも人生。
そこからまた違う物語が始まるのです。

オリンダが気づいたのは、
今までのことは決して無駄ではなかった、ということ。
お店のオーナーとして色んな人々に出会えたし、
そしてこのタイミングでぺーターに出会い、
自分が「異邦人」だと再確認できた。
オリンダ新章、ここから始まる。



2001年の映画ってこんなフィルム”昔っぽい”んだなー。
雰囲気といいこれぞミニシアター系!って感じ。
色とかね、音楽とかね、ザラザラしてる。
ノスタルジーです。

本日の映画:危険なプロット

「危険なプロット」('12・フランス)

あったら見るオゾン監督ですが、2012年の作品が未見でした。
DVDが普及し始めてから見られる作品が多くなって、
チェックするのが追いつかないです。
メモしてその次は「コレ見る!」と思うけど、
新しい記憶に埋もれちゃう…嗚呼老化現象。

制服は個性を消す。
見た目では判断しない(できない)。
私は制服ってあった方が便利かな、と思う。
毎日毎日着ていく服に悩まなくてもいいし、
服は大好きだけど、毎日だったらお金もかかるしうんざりしそう。
でも高校の国語教師のジェルマンは、そうは思ってない様子。

生徒たちに文学の素晴らしさを教えたいけど、
彼らは興味もないし才能もない。
そんな彼らが制服なんて着ちゃったらますます個性が消される?
とでも思ったかな。
まぁ、そこは妥協するしかなかったけど、
文学への情熱は人一倍。
そこで個性を出してもらおうと、
「週末について」という作文を書いてもらうことに。
でもため息がでちゃうくらいの出来。
週末を二行でしか書けないなんてと嘆くジェルマン。

ところがその中にひとり、原石が。
クロードの書いた文章に希望を感じたジェルマン。
でもそれは”危険なプロット”の始まりでした…

続いてのお題「ともだちについて」でクロードが”ともだち”として
作文にしたのは、同じクラスのラファ。
クロードは母がいなくて父は無職。
貧しい家に育って、転校ばかりしていた。
でも美少年で頭がいい。国語力もあるし数学も得意。
一方ラファは、お世辞にも美少年とは言えない容姿。
勉強もできない。
でもクロードには持っていない物を持っている。

それは彼の家の4倍はあるという公園に面した家。
友だちみたいな父と美しくてやさしい母がいる。
彼らの”家”に興味を持った彼はまず、
その家に入る口実を考えます。
軽くサイコパスなクロード。
じっくり家を観察。
そして彼の興味はラファ、ラファの父、そして母エステルへ…

才能を開花させようと個人指導を始めたジェルマン。
毎回彼の持ってくるこの「ラファんちの出来事」が楽しみに。
「続く…」で終わるから、あー気になる気になる。
でもだんだん危険を感じ始め…だけど気になる!
”続きが読みたい”欲求が抑えられなくなります。
妻にも警告されたけど、読みたいがために一線を超えてしまったジェルマンは、
もう後戻りができません。
したところで、もう共犯。
そしてまた新作が出来上がる。
最後には「続く…」の文字。

現実と物語の区別がつかなくなる。
そこまで読み手に感じさせられたら、書き手の勝ちね。
クロードが書いた文章は、どこまでが現実?
それは彼にしかわからない。
「脚色も大事」とジェルマンが言ってたし、
彼が「そ、そこまでしちゃう?」な行動するかなー。
いや、軽いサイコパスならするかも。

考えも想いも、本当だったのか。
ただそうしたかっただけの妄想なのか。脚色か。
目的はあったのか。
書くためだけ?
ただ読み手を弄びたかったのか。
読み手がそうさせられただけなのか。
何かを手に入れるためだったのか。



彼が求めたのは理想の家族?愛?
それとも覗いてみたかっただけ?
それとも…à suivre…
プロフィール

えみめも

Author:えみめも
映画や海外ドラマを見ることは私の癒やし。

映画以外の記事はinstagramにて↓
えみめも@emiemimemomemo

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